地域と連携し地産地消を目指す。白アリ駆除会社の営業所長を経て野菜農家を継いだ根岸隆好さん(前篇)

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根岸隆好さん

三鷹の農家の将来を担う次世代農家さんが中心となったJA東京むさし三鷹地区青壮年部として、地元大学や地域との連携を積極的に実施している根岸隆好さんに、野菜の販売農家になったきっかけや想い・こだわりやこれからの農業について伺いました。前編後編の2回に分けてお届けいたします。

 

根岸隆好さん

1977年生まれの三鷹市出身。家業が野菜の販売農家で25歳から本格的に家業を手伝うことに。もう1つの顔では、JA東京むさし三鷹地区青壮年部の副部長として活動。都市農業の価値を住民の方に伝え、将来も三鷹市に農地を残していくことをミッションとし、様々な講演、市や大学と連携した企画を実施している。趣味は漫画やゲーム。

 

− 野菜農家をはじめるまでのきっかけや経緯を教えてください。

農家をやろうと思ったきっかけは「ある意味、洗脳教育」(笑)

根岸隆好さん(以下、根岸さん) 農家をやろうと思ったきっかけというのはありません。

強いて言えば、家が畑を持っていて、野菜農家をやっていたのがきっかけです。
いまの根岸家は分家なのですが、私で3代目の野菜農家(※1)です。そして、家は自宅兼仕事場なので、「生活=仕事」になっていました。なので、子どものころから親が一生懸命、野菜を収穫したり荷造りしたり市場に連れて行ってもらったりと親が仕事をしている姿を自然に見て育ちました。
すると、気づかないうちに、「自分も農家になるのでは?」と思いはじめていたのです。

加えておじいちゃんからも「お前(根岸隆好さん)は農家になるんだよ」と言われ、ある意味、洗脳教育のようなものがあったのではないかと思います(笑)

※1 根岸さん曰く「本家は昔から続いていて今も三鷹市内で農家をしているが。根岸家がどこから来て、いつから三鷹に住んでいるのかもよくわからない」

農家を継ぐ覚悟を決めたのは20歳のころ

根岸さん 農家になるという気になったのは、大学時代。東京農業大学という大学を選んだ時点で、家業である農家を継ぐつもりでいました。
20歳くらいに選択肢は「農家を継ぐ」という1択でしたよ。
そして、大学を卒業しました。
その後、私にもサラリーマン時代があったのです。
あまり公には話したことがないのですけれどね(笑)

サラリーマン時代は好成績を収め、24歳で営業所長という立場に

根岸さん 親からも外に出ろと言われていたのもあって「3年だけサラリーマンをやる!」と決めていました。
サラリーマン時代は、白アリ駆除会社の営業マンです。
この白アリ駆除会社を選んだ理由は、アグリ部門があり施設栽培などをしていた会社だったので興味があり入社しました。
入社後、1年目から目当ての部署に行くことはできませんでした。1年目は、白アリ駆除の営業マンとして山梨県の甲府営業所に配属されました。そこでしばらく営業をやった後、アグリ部門に異動したいと思っていたのです。
でも、白アリ駆除の営業マンとして営業成績が好調で、給与も上がってきましたので、営業を続けようかと…笑
実は、人とのコミュニケーションはあまり得意なほうではなかったのですが、営業成績が良くて今では言えないくらいの給与をもらっていましたよ(笑)
成績がよかったせいか入社3年目の24歳で営業所長まであがりました。
営業所長のときは年上の部下ばかりだし、歩合制でノルマがたくさんあって、精神的にはつらかったです。
いまも続けていたら…と思うと、この時代はきつい仕事になっていたと思います。

サラリーマン時代の厳しい経験が今に活きている

根岸さん サラリーマンで活きている経験もあります。

一度、外に出てきついことやると世間の厳しさも目の当たりにしました。
サラリーマンのストレス社会は大変なものでした。今の農業は仕事時間も異常に長いので大変ですが、私の場合、サラリーマンに比べるとストレスもなく向いている職業のように思います。
そして、サラリーマンは予定通り、3年やった後、家業である野菜農家に転身します。

 

いくつかある根岸隆好さんの畑の1つ
いくつかある根岸隆好さんの畑の1つ

 

− 根岸さんの野菜販売農家としての「こだわり」や「考え方」を教えてください

根岸さん 「野菜を作って食べてもらうまで」が自分の仕事だと思っています。
なので、ちゃんとした良いモノを作って、買ってもらった人が美味しいと思ってもらえるまでを考えてやっていますよ。
庭先販売所や学校給食など直接、消費者の方とお会いする機会が多いので、会ったときに「根岸さん、美味しかったよ」と言ってもらえるようにしていきたいのです。市場に出荷してしまうと消費者が見えないけど、消費者の方と近い販売方法をとっているので、変なものは提供できないというプレッシャーはあります。

 

− では、美味しいと思ってもらう野菜を作るためにやっていることを教えてください。

根岸さん 野菜の種類を増やしたり変わったものを作ってみたり、これからになりますがサービス精神をもっと出していきたいんです。
自分は、どちらからというと、いいものを作りたいという職人気質のほうが強いんです。ですが、これからは消費者の方に美味しいって言ってもらえるようにサービスのほうも頑張りたいです。

美味しいものをたくさん作る上でしていることは、いろいろとあるが、いかに効率よく生産して販売するか。を考えています。
つまり、A品率(※2)をあげるにはどのように栽培していけばいいのかなどは日々勉強しています。

※2 傷や欠損が少ない商品

根岸さん また、最新の品種の情報を取得し、新しい品種、美味しい品種を探しています。情報を早く取得して、早く実施していくことを意識していますね。

根岸さんの畑で採れる野菜リスト
レギュラー:ブロッコリー、キャベツ、スティックブロッコリー、白菜、カリフラワー、オレンジカリフラワー、ロマネスコ、青首大根、聖護院大根、大蔵大根、かぶ、ニンジン、水菜、ほうれん草、小松菜、春菊、チンゲン菜、のらぼう菜、里芋、ジャガイモ、レタス、リーフレタス、きゅうり、なす、ピーマン、甘トウガラシ、唐辛子、トウモロコシ、枝豆、ゴーヤ、ミニカボチャ、トマト(ハウス) 、いんげん豆(ハウス) 、アイスプラント(ハウス) 、クウシンサイ(ハウス) 、アスパラガス(ハウス) 、ルッコラ(ハウス) 、ミニニンジン(ハウス)、イチジク(果樹) 、柚子(果樹) 、柿(果樹)
試作品:トレビス、パクチー、金時草、スナップえんどう(ハウス)

 

− 農法というか野菜の作り方について何かされていることはありますか?

根岸さん 安心安全な野菜を作るため、「農薬管理指導士(※3)」の資格を持っており、定期的に講習会に参加したりすることで農薬を適切に扱えるように心掛けています。
※3 農薬管理指導士養成研修を受け、認定試験に合格してかつ都道府県知事から認定される資格

あとは、植え付けする際に肥料を畑全面に散布するのではなく、植える場所にのみ条まきしてます。また、三鷹市では20年ほど前に東京農業大学と連携し、畑のエイズと呼ばれていた、「根こぶ病(※4)」の撲滅に成功しています。
※4 アブラナ科の野菜のみに発生するカビが原因の病気で、症状は根にコブが出来てしまうもの

方法は鉄鋼の過程で出る「転炉さい(※5)という無害のものを畑に散布することで土壌のphを適正な値にすることで「根こぶ病」の発生を抑える、というものです。
※5 鉄分だけを除き微量要素だけを残した土壌改良剤

「ミネカル」という商品で現在も使用しています。近年は農家の世代交代が進んだため根こぶ病への意識が薄れ、再発している畑が多いと聞いています。今一度、土作の勉強会をしっかりやる必要がありますね。

ミネカルは、ケイ酸カルシウムを主成分とし、その他にマグネシウム、リン酸、鉄、マンガン、ホウ素などを含んだ土壌改良資材です。水田へのケイ酸・鉄の補給効果や、畑への酸性改良効果により、土壌病害の発生しにくい環境が作れます。
多量に施用してpHを7.0~7.5に上げても、ホウ素やマンガンなどを含んでいるため、微量要素欠乏症を起こしにくくなります。
産業振興株式会社

 

ビニールハウスで収穫前のトマト
ビニールハウスで収穫前のトマト

 

− 品種の情報をみて採用するかを決める基準はどういったものなのでしょうか?

土壌と作型を意識して品種の採用を決めている

根岸さん 品種の情報をみて選定するのは、うちの土壌との相性や作型(※6)を意識しています。
土壌については、やってみないとわからないんです。「おくら」を3年位やっていたことがあるんだけど、最初は収穫できていたけど、今はできなくなった。なので、うちの土では「おくら」を作ることができないです(笑)

作型のほうは、うちの場合、たくさんの品種を作り、長く収穫ができるものを作っています。
そんなところを意識して、長く収穫して消費者に提供できるような品種を探したりしています。
決めるときは、父親と「こういうのをやってみようか?」と相談して新しい品種を入れるかを決めていってます。

※6 作型とは、経営スタイルにより年間スケジュールのこと。学校給食とかの場合は市場に出すような感じで少ない品種をたくさんつくるようにしたりすること。

 

毎年、作って作って、より美味しいものをたくさん作るために、改善を繰り返す

根岸さん 良い品種にあたれば続ける。より良さそうな品種が出てくればそっちもやってみるといった形で毎年、作るものを変えていくことが多いです。

そもそも父親の考え方が保守的ではなく、新しいこと新しいことを常にやろうとしているほうなので提案を受け入れてくれることが多いのはありがたいことです。最近、父親はパクチーを作りたいらしい(笑)

 

− 品種を増やしたり、変わったもの作った時にウケが良かったものはなんでしょうか?

根岸さん 自分がやったのでは、スティックブロッコリー(茎ブロッコリーともいう)です。
スティックブロッコリーは、「味はブロッコリー」なんだけど「形がスティック状」のものです。
茎も柔らかく食べることができるのが特徴なのですよ。普通のブロッコリーはとって終わりだけど、スティックブロッコリーはわき芽をぶちぶちと収穫でき、そのわき芽から次から次へと生えてくる。なので、長い期間収穫できるからうちの作型にぴったり。ブロッコリー自体が人気のある野菜ですからね。年2回、春秋に食べられますよ。
あとは、イタリアンなどで使われるルッコラ。これは空いているところにちょこちょこ植えて年間を通じていつでも収穫できる野菜です。若い人に人気。作りやすいし売りやすいですよ。

 

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取材時は端境期の畑で秋の収穫の向け様々な野菜を育てていました

 

− 消費者が喜ぶサービスのようなもので考えていることやっていることはありますか?

根岸さん だいたいの庭先販売所は自動販売機コインロッカーで販売しているんだけど、うちは、野菜が並んでいて、インターホンを押すと母親がでてきて直接購入できます。自動販売機でただ購入するよりは、母親と話せたりするところがシニア層にウケていると感じています。

 

− 野菜の販売方法や販売する先はどうなっているのでしょうか?

根岸さん 庭先直売所で7割は販売できています。残りの3割はスーパーや三鷹市内の学校給食です。お陰さまで野菜を残すことなくほぼ販売できています。
野菜の販売ルートは、私が入る前は庭先販売所での直売と市場への出荷の2つでした。市場は、現在の防災公園ができる前に東京多摩青果市場という市場があり、そこに卸していました。
自分が就農してから学校給食、JA東京むさし三鷹緑化センターやスーパーと一気に販路を広げたんです。
市場は何でも引き取ってくれるけど、利益は少なくなってしまいます。それと比較して学校給食、緑化センターなどは値段高く売れます。例えば、キュウリだと、市場だと@20円ですが学校給食だと@30円で出荷できます。
このように良い利益を出すために販路開拓をしたんですよ。しかし、現在では広げすぎて中途半端になってしまいました。現在は、緑化センターへの販売をやめたり、販路を絞っているところです。

 

1番開拓したいのは三鷹駅前。同じ三鷹地区だけど農村地区と駅前が繋がっていない。

根岸さん JA東京むさし三鷹地区青壮年部(※7)活動などしていく中で思ったのが、飲食店が駅前に多いのに三鷹産の野菜を使っているお店が本当に少ないです。なんでかっていうと、販売ルートがないから。
※7 JA東京むさし三鷹地区青壮年部は農家の後継者が集まり、都市農業保全、農業振興を目指し、営農活動、教養活動、食育活動などを通じて社会貢献する団体。詳しい活動は公式サイトをご参照ください

理由は、同じ三鷹地区だけど農村地区と駅前が繋がっていないのです。つまり、現在は三鷹駅前に三鷹で採れた野菜が流通していないということです。三鷹駅前の飲食店「GACHA GACHAはなれ」さんは、店長の黒澤伊織さん自らが枝豆を買いに来ていただけますが、そういった飲食店は少数派だと思いますよ。
じゃあ、「駅前に野菜を持って行けるのか?」というとむずかしい。学校給食やっている経験からわかっていることですが、「輸送の問題」があります。これはしっかりとJAという組織を入れて、きちんと駅前に三鷹野菜を提供できる販路開拓をしていかないといけないと考えています。

後編では、根岸さんの野菜販売農家としてのやりがいや課題。そして、これからや履帯ことについてお聞きします。

地域と連携し地産地消を目指す。白アリ駆除会社の営業所長を経て野菜農家を継いだ根岸隆好さん(後篇)

 

根岸隆好さんの庭先直売所「ファーマーズショップ根岸直販所」
住所:〒181-0004 東京都三鷹市新川6-3-7
営業時間:10:00〜
新川の交差点付近に看板を目印に曲がったところにあります。
公式ページ: ファーマーズショップ根岸直販所

(取材 / 文 / 撮影 : 苔口昭一