バイトが高じて花屋の経営者に、そして農家へ – 三鷹市井口で、都内最大規模の銀杏農家を営む山本果樹園「山本達也」さん

三鷹市井口で、都内最大規模の銀杏農家を営む山本果樹園「山本達也」さん

三鷹市井口で、都内では珍しい銀杏の栽培に取り組む山本さん。
後継者として実家の農業に従事するまで、花屋を経営していたという山本さんに、11代続く農家としての思いと、銀杏の次を見据えた模索について、お話を伺いました。

 

山本 達也(やまもと たつや)さん

1973年生まれ、土づくりから苗づくり等の園芸店、切花・鉢花販売の生花店での勤務の後、葬儀部門を主とした生花店で勤務、修行を積み1999年に自身の生花店を開業。約13年間の営業の後、2012年春に就農。前JA東京むさし三鷹地区青壮年部副部長、現在は三鷹市果樹組合銀杏部副部長、三鷹市認定農業者。

 

– 家を継ごうと思われた「きっかけ」や「経緯」を教えてください

バイトが高じて花屋を経営することに…

山本達也さん(以下達也さん) 実家を継ぐことについては、子どもの頃から疑問に感じることはありませんでした。祖父母から、「長男なんだから家を継ぐんだよ」と言われて育ったので、素直にそういうものだと思っていたのです。
三鷹の農家としての山本家は私で11代目、先祖は氷川村(現・奥多摩町)から出てきて、この土地を開墾したそうです。その流れを受け継がなければという思いはありました。
 
ただ、ここに至る経緯は、少しユニークかもしれません。
 
学生時代にアルバイトをする際に、せっかくだから農業にもつながる仕事をしたいと、今の武蔵野大学の近くにある園芸店に勤めました。販売ではなく裏方仕事を担当していたのですが、花への興味が増していって、どんどん仕事が楽しくなっていきました。
ちょうどその頃、三鷹駅に駅ビルができることになりました(三鷹ロンロン、現・アトレヴィ三鷹)。出店のご縁に導かれ起業の運びとなりました。父はもともと、「農業を継ぐ前に、しっかりと外の世界を経験したほうがいい」という考えで、両親ともに出店に賛成でした。
そこで、牟礼にある高橋生花店さんで販売も含めた修行をさせていただき、三鷹ロンロンの開業とともに、自分の店を持つことになりました。

 

山本達也さんの銀杏畑
山本果樹園の銀杏畑。銀杏の木が整然と並んでいます

 

震災による環境変化。家族のことも考えて実家へ

達也さん 出店当時は、休みは年に2回だけでした。お店は毎日10時から8時半まで営業。さらに、週に3回は仕入れのために6時前に家を出て、市場に通う生活でしたが、7年間は母の手伝いもあり、妻共々日々頑張っていました。非常に小さな店舗でしたので、花も店に置いたままにはできず、帰りトラックに戻しては翌朝に並べ直すということの繰り返しです。
その後、人を雇えるようになってはじめて、週に1回休みが取れるようになりました。大変でしたが、お客さんと直接向き合える仕事で、本当に充実していました。
転機となったのは、東日本大震災です。震災後は、注文のキャンセルが続き、それに従業員の退職も重なり、はじめて売上が前年を大きく下回りました。
また、ちょうどその頃は、上の子が誕生したばかりの時期でした。出産まではずっと妻も一緒に店をやってきたので、今までどおりの店舗運営は難しいと感じ始めていたこともあります。
そこで、2012年の4月いっぱいで退店し、13年間続けた花屋経営から、実家の農業へと転じました。39歳という節目の年齢でした。

 

– 経営者だった頃から、就農のための準備もされていたのですか?

気持ちはあったが、きちんと手伝えるようになったのは30代半ばから

達也さん 花屋時代の前半は、人手の面でも店を回すのが精一杯でしたし、継ぐまでは店の近くに部屋を借りて暮らしていましたので、実家の手伝いはあまりできませんでした。
ただ、同じ後継者どうしのつながりは作っておいたほうがよいということで、店を始める前、25歳のときからJAの青壮年部に加入していました。最初の頃は、1年間を通して、農業祭のうち1日、そのほか会合を1-2回程度といった参加状況でしたが、若いうちから同じ後継者の仲間と知り合えていたのは心強かったですね。
30代の半ばからは実家の農作業も少し手伝えるようになりましたが、本格的に関わりだしたのは、継いでからのこの7、8年ほどです。

 

– 銀杏に取り組み始めたきっかけを教えてください。

バブル崩壊を機に、芝生農家から転換

達也さん 私が子どもの頃は、主に芝生と冬場は東京うどを生産していました。我が家の場合、戦後もある程度の広さの農地を維持してこられたこともあって、その農地を家族だけの少ない人手でどう活かしていくかということが課題でした。そのため、農地を遊ばせずに活用でき、都内での生産を強みにできる作物ということで、芝生に目をつけたのです。
しかし、バブル崩壊の影響で、1990年代になってから需要が大きく減ってしまい、作物を転換せざるを得なくなってしまいました。
ちょうどその頃、市内で銀杏栽培に取り組む農家が増えてきたこともあって、うちも一緒に取り組むことになりました。三鷹では、最初に牟礼の農家さんが銀杏を始められ、そこから広がっていったと聞いています。
我が家で最初に銀杏を植えたのは約30年前ですが、きちんと収穫できるまでになるまで10年ほどかかり、収量が安定するようになったのは15年目くらいです。

 

出荷にあたっては、少しでも付加価値をつけようということで、最初は菓子問屋さんに銀杏商品の開発をお願いしました。「甘栗むいちゃいました」の銀杏版が作れないかと考えたのです。しかし、甘栗と違って、銀杏は冷めてしまうとどうしても味が損なわれてしまい、うまくいきませんでした。
そのため、その菓子問屋さんを通してスーパーへ出荷することになり、収量が増えてくるにつれて、市内の農家の共同出荷で大田市場へ出すことになり、今に至ります。
銀杏の魅力は、作業に比較的手間がかからないことです。我が家では、父と私の2人で農地全体の面倒を見ているので、作業量の多い作物はどうしても扱えません。

 

市場でも評価されている三鷹産の銀杏
市場でも評価されている三鷹産の銀杏

 

– 銀杏農家としての一年間の作業の流れはどのようなものですか?

9月から10月に作業が集中

達也さん 1年のスタートは落ち葉の片付けから始まります。自然に土に還ると思われる方もおられるかも知れませんが、イチョウの葉は分解されにくく、簡単には腐らないのです。そのため、片付けの必要な落ち葉の分量は、8トンにもなります。
その後、冬剪定の作業に入ります。銀杏農家でいちばん大切な作業は剪定です。良い実をつけさせるために、適切な剪定を行わなければなりません。木々が太陽光を取り入れやすくなるよう、木々の間を風が通りやすくなるようにしてあげることが必要です。
冬剪定は、4月に入って木が芽吹くまで続けます。芽吹いた後、今度は新芽を取るための夏剪定を行います。
そして、9月から10月の2ヶ月間で、収穫・選別・出荷という作業を集中してこなすことになります。収量によって異なりますが、販売は11月いっぱいくらいまでです。
また、一般の果実と違って収穫した後が大変で、外側の実を削いで、洗って、干して…と、独特の匂いもあって手間のかかる作業です。
ただ、果樹農家ではありますが、銀杏の場合、受粉作業というものはありません。銀杏の花粉は非常に飛散範囲が広く、雄の木が1本あれば、半径1kmほどは受粉できると言われています。我が家でも、これだけ銀杏の木があっても、雄の木は1本だけなんです。

 

銀杏は剪定の結果が、実の出来具合を左右します
銀杏は剪定の結果が、実の出来具合を左右します

 

– 銀杏を販売されているルートを教えてください

現在は市場と直販が8:2、直販を増やしていきたい

達也さん 市場が8割、問屋さんや料亭などの直接の取引先が1割、庭先直売が1割です。
数年前までは、95%が市場で、残りが庭先直売でした。この間、農協を通じて問屋さんを紹介してもらったり、農協の講演会で出会った日本橋の料亭さんがその場で試食して顧客になってくれたり、そういったご縁で直接取引を増やすことができました。
東京近郊での銀杏産地は珍しいこともあって、テレビで取り上げていただいた際に、それを見た焼き鳥屋さんや小料理屋さんが直接連絡してきてくださったこともありました。
やはり、市場出荷だと、直販時につける価格の半額ほどになってしまいますので、自分でも営業活動を行うなど、できる限り販路を広げていきたいと思っています。

 

 

 

出荷にあたっては、選別機で大きさを振り分けていきます

 

– 後継者として力を入れていることを教えてください

まず品質管理、そして「旬」を売ること

達也さん 剪定など、栽培技術はすべて父からの指導で学びました。メジャーな作物ではないため、農業改良普及センターの先生なども含め、銀杏を教えられる人というのはとても少ないのです。そのため、父が試行錯誤して積み上げてきたものをベースにして、銀杏農家同士で情報交換して得た情報などを取り入れながら、栽培に取り組んでいます。

 

このため、銀杏の生産者として最も力を入れていることは、栽培よりもむしろ品質管理だと言えると思います。銀杏の場合、種子の中でも、硬い殻に包まれている核の部分が商品ですので、調理するまで中がどうなっているかわからないという問題があります。見た目はなんともなくても、実がしぼんでしまっている場合もあるのです。共同出荷なのでうちの商品かどうかはわからないのですが、お客様から苦情をいただいたこともあります。
そこで、4年ほど前から、選別の際に塩水に浸けるという工程を加えました。中がだめになっている実は、塩水に浸けておくと浮かび上がってくるのです。これは農協の事務局が教えてくれた手法です。
また、以前はいつでもご提供できるよう、冷凍して保管し、解凍したものも売っていました。しかし、そうするとエグミが出てしまうし、味も落ちてしまいます。
そこで、現在では冷凍はせずに販売期間を限定し、「旬のものを旬のうちに」「この時期にしか買えない」という希少性を売るように心がけています。

 

洗浄し、塩水に浸け、干す、、手間のかかる作業が必要になります
洗浄し、塩水に浸け、干す。手間のかかる作業が必要になります

銀杏以外への挑戦、次の作物の模索

達也さん 銀杏以外にも、すそ野を広げたり、次の主力作物を見出すための模索を行っています。
三鷹の銀杏については、大きな市場である都心に近く、まとまった規模であるために注目していただいていますが、生産規模やブランド力においては、愛知県の祖父江や静岡県の清水といった大生産地にはかないません。
現在の三鷹の市場出荷量は、年間で約2.5トンです。直販の比率も高いので、生産量としては倍の5トンくらいかと思います。このうち3トン程度をうちで生産していますが、多いときは6トン近く穫れていましたので、収量は確実に落ちています。
毎年木を入れ替えるなどの努力はしていますが、ずっと銀杏だけでやっていけるとは思っていません。もちろんプライドを持って残していきたい作物ですが、銀杏特有の匂いや、落ち葉の問題など、課題もいくつかあるのです。
現状では、常緑樹である柑橘類に魅力を感じていて、農地の一部でみかんの生産を試しているところです。ただ、近隣の農家で柑橘類を市場に出しているところはありませんし、出せる品質と生産量を実現するのは容易ではありません。
果樹であれば、生産農家ではなく、もぎとり園というやり方もありますし、とにかく試行錯誤という段階です。

 
また、すそ野を広げる取り組みとして、今まで自家消費のみだった野菜を、庭先直売所に出すようになったということがあります。
継いだあと、「せっかくだから、ちゃんとしたものを作って売ろうよ」と父に提案したところ、「売れた分はお前にやるから、好きにやれ」と言ってくれました。そこで、4年前に販売機を設置して、庭先販売をスタートしました。今では、剪定作業と並行して、直販用の野菜作りに取り組んでいます。
庭先直売では、花屋をやっていた経験を活かすことができています。本来、人見知りで口下手な人間なのですが、接客ではそうは行きません。とにかく笑顔で応対して、根気強くなりました。お店を借りて、仕入れて、それを売って、人を雇って…という経験は、本当に貴重なものだったと思います。

 

山本さんの試行錯誤の一つ、柑橘類の栽培

 

– 農家さんとしての「課題」を教えてください

後継者が、「継ぎたい」と思える農業を

達也さん 大きく分けて3つあります。そのうち2つは、先ほどお話した「他の作物の模索」、そして「販路の拡大」です。
残る一つは、「後継者」ですね。授かった子どもが娘二人でしたので、農業を続けていくためには、お婿さんに来てもらう必要があります。まだ先の話だとはいっても、この農地は祖先からの大切な預かり物ですから、やはりどうしても気になります。
そのため、お婿さんが進んで来てくれるような魅力ある農業にしていかなければいけないと思っています。都内で一番銀杏を作っている山本果樹園という誇りをしっかり持ちながら、次の世代のための様々な模索を行っていきたいと思っています。
また、そのためには、銀杏のこと、そして都市農業の価値を、地域の皆さんに知ってもらうことが大切だと思っています。
山本果樹園として「みたか太陽系ウォーク」に参加し、販売機の前にスタンプを設置したり、青壮年部の仲間との直販活動の拡大などに取り組んでいるところです。

 

みたか太陽系ウォークのスタンプを押しに来て、直売所を知る市民も多い
みたか太陽系ウォークのスタンプを押しに来て、直売所を知る市民も多い

– 最後に、これからの思い、やってみたいことなどを教えてください

達也さん 昨今、法改正によって農地の貸借の制度ができて、周りでも話をよく聞くようになりました。これまでは、借りることも貸すことも考えていませんでしたが、貸すということの可能性も考えるようになりました。
これは、我が家の課題である広さの問題の解決にもつながります。やはり農家にとっては、資産としての土地を残したいというより、「農地」を残したいというのが一番の思いです。
2町の広さの畑を家族だけでケアできないのであれば、自分たちが使う分を減らして、農業をやりたい方に使っていただくというのも一策だと思います。

 

また、今の銀杏についても、妻の実家である冷凍食品会社と一緒に新商品の開発をしたり、試行錯誤している柑橘類をジャムなどの加工品に展開するなど、やってみたいことはたくさんあります。
防災面など、農作物以外の面も含めて、地域の皆さんに必要とされ愛される農地にしていくため、できる限りいろいろなことを試していきたいと思います。

 

山本さんの取り組みが大きな実りとなるよう、応援していきたいですね!
山本さんの取り組みが大きな実りとなるよう、応援していきたいですね!

 

– 山本さん、ありがとうございました

 

山本達也さんの生産品リスト
・銀杏(販売期間:10-11月)
・果樹 / 野菜(季節に応じて)

 

取材:米川充 / 苔口昭一
文 :米川充
撮影:米川充 / 苔口昭一

 

山本達也さんの農作物を購入できる場所
山本果樹園 庭先直売所
住所:東京都三鷹市井口3-15-3
営業時間:10:00~17:00(不定休)
※駐車場横の自動販売機での販売